愛されるために生まれてきた

愛する人を亡くして 愛されていたことに気が付きました。

受け入れ難いことを、受け入れられるまで…

施設に入っている母が、

殆ど食べられなくなって来たと、

兄の所に連絡があり、

先日、兄からのメールでそれを知りました。

兄と私は話し合って、

胃瘻も、延命治療も望まないと

誓約書を書いています。

それはそれで、良かったと思っています。

 

認知症が進んだ母は、

他には特に悪い所はないのですが、

もう、食べることをへの執着というか、

そういうものすら、無くなって来たのだと思います。

 

兄から連絡のあった次の日に、

話を聞きに行って来ました。

でも、

母には会えません。

コロナのせいで、2月から会えていません。

 

母は、そろそろ、支度を始めたのだと思います。

でも、私はそばで見守ることが出来ない。

そのことがなかなか受け入れられません。

 

傍に居て、そっと見守りたい。

そう思いますが、

今の世の中、そういうことも許されません。

私は、母の施設に、『転職をしたい』とさえ

思いましたが、

現実には出来ませんでした。

 

私自身が、受け入れられるのを、

時間がないけれど、

時間をかけて、待とうと思います。

 

『母に会いたい』

その思いを、抑えることは出来ませんが、

お世話になっている沢山の人たちには、

感謝するばかりで、

私に出来ることは、何もないのです。

 

もう少ししたら、

諦めではなく、

もっと前向きに受け入れられそうな

予感がします。

 

母は、ここにいる。

私の心の中に、

それは、生死なんかを越えて、

感じられることです。

 

もう少し、もう少し、

私に時間を下さい。

 

 

私のこと。

昨日の夜、

中山七里の『魔女は甦る』

を読んでいて、

犬の残酷なシーンが書かれていて、

そこから先は読めなくなってしまった。

 

そのことが、続くわけではなく、

ほんの少しの描写で、

すぐに次のシーンに移るのに、

もう、読めなかった。

 

寝ようと思って、

お布団に入った。

昔のことを思いだしてしまった。

ここ40年以上、

時々思い出しては辛くなる繰り返し。

 

高校生の時、

バスで通学していて、

バスを降りたら、国道に犬が横たわっていた。

一瞬、固まってしまった。

バスを降りたのはおそらく20人くらいはいたかもしれない。

殆どが同じ高校の生徒たち。

その中の下級生の男の子が、

倒れている犬を何人かで運んでくれた。

私は何もできなかった。

 

そのまま学校に行って、

授業が始まった。

私は、涙が止まらなかった。一緒に目撃した友人たちは

みんな、何事もなかったように、

授業を受けていた。

私は、

あんなことがあった後に、

どうしてみんなは何事もなかったように、笑ったり、話したり出来るのだろう。

と思った。

でも、

彼女たちにとっては、

私の様子の方が不思議だったようで、

『かなちゃんは、犬を飼っているから。』

『自分のところの犬のように思ったんだね。』

と口々に言ってくれた。

 

そうかもしれないが、

ちょっと違う気がした。

 

あんなことがあったのに、

すぐに忘れてしまえる人や、

辛い気持ちにならない人も

居るのだ。って

その時に初めて知った。

 

私は、40年以上経った今になっても、

あの時のことを思いだすと、

胸が締め付けられるように、

苦しくなる。

 

だから、辛いことを見に行くことはしない。

だから、無力であることも知っている。

何かの力になることも

出来ないでいる。

 

もどかしいけれど、

仕方がないと思う。

 

 

 

 

 

愛すべきワカメさん。

俳優の森川正太さんが、

逝ってしまわれた。

この訃報はかなりショックです。

 

青春ドラマでは、

欠かせない人でした。

脇役なのだろうけれど、

上手い。

脇役って、上手くないとだめなんだろうけれど。

 

大大大好きなドラマ。(6月24日の記事参照)

俺たちの旅

での存在感は、

もはや、脇役ではない。

カースケ、グズ六、オメダ

三人のお話なのだろうけれど、

ワカメは、絶対にはずせない。

4人のドラマだと思う。

 

10年後、20年後、30年後のお話にも、

必ず登場されて、

楽しませてくれたのに、

いろいろな事情があったのか、

40年後のお話はなかったけれど、

とても楽しみにしていたのに、

残念でなりません。

 

俺たちの旅』は、

私にとって、生涯で最高のドラマです。

 

ワカメさん。

本当にありがとうございました。

 

驚いたことふたつ。

小学生の時に治療してから、

何度も治療していた奥歯が痛み出して、

歯科に行きました。

もう、一ヶ月位前の事です。

抗生剤と痛みどめで様子を見ることになりました。

抗生剤を飲みきっても、

痛みが治まらない。

どうしようと思っていたところ、

友達に、

『ゆっくり休養して、

たっぷり寝るのが一番。』

とアドバイスを受けて、

『一番体によくないことは?』

と考えました。

一番の疲れは、ネットを見ることであると気が付いて、

全くパソコンを開けない日を続けました。

そうしたら、歯の痛みも治まり、

めでたしめでたしです。

 

9月の末に、驚くことがありました。

友達が、9月の初めから、私の勤務先で働いていたのに、

お互いに気が付きませんでした。

 

全く違う仕事なので、気が付かなくても

不思議ではないのですが、

何度か会話をしているのです。

それでも気が付きませんでした。

 

マスクのせいですね。

 

年金事務所に行って来ました。

説明を受けて、手続きをしてきたのですが、

私は遺族年金を頂いているので、

新しく年金が増えるわけでもなく、

変わらないのです。

 

それでも、

もし、再婚したら、遺族年金はもらえなくなるので、

きちんと説明して頂きました。

再婚の話の後に続きがあって、

『もし、再婚されて、子供が生まれたら…』

と仰るのですが、

年金の受取の手続きをしている年齢の私に、

この説明は必要なのでしょうか?驚いてしまいました。

 

反論はしませんでしたが、

人生には、

どこでどんなことが待ち受けているか

分からないですからね。

あの時説明してくれたのは、

この時のためだったのか。

と思える時が来るかもしれません。

 

 

 

悪人。

吉田修一の『悪人』を読みました。

物事は、一方方向から見ても、

真実は分からない。

 

やりきれない。

 

いつもの癖で、キャストを考えました。

一番に考えたのは、光代さん。

30歳で、地味な感じで、あんまりモテそうでなくて、

でも、一番に双子だっていうことが

頭から離れなくて、

双子の有名人でしか考えられなくなって、

阿佐ヶ谷姉妹』ってのが浮かんで、

よく知らなかったけれど

このお二人は、双子でも姉妹でもないんですってね。

叶姉妹が他人だっていうのは知っていたけれど。

 

でも、地味な双子はこのお二人しか浮かばなくて、

小説を読んでいる間も、

イメージしてしまいました。

かなり違うけど。

 

他の双子で浮かぶのは、

ザ・ピーナッツとか、こまどり姉妹

ザ・リリーズ、リンリンランラン、祐子と弥生

ですが、時代を感じますか。

 

話が逸れました。

実際の映画では、光代を演じたのは

深津絵里

そうか、地味っぽいところがそうなのかな。

少なくとも、阿佐ヶ谷姉妹よりは合っている。

 

他に、祐一を捨てた母親に

余貴美子

これはぴったり。

あとはあんまり浮かばなかった。

 

本を読んでの思いは、

やり切れなかった。

祐一のような生き方しかできなかった

そんな『悪人』は

きっと、たくさん存在する気がする。

 

それは、本当にやり切れないことだと思う。

 

 

 

 

誰?

友達が、遊びに来てくれました。

その前に、友達(れいこちゃんとします)は、

実家に帰って掘り掘りして、懐かしくも恥ずかしいものを見つけた。

と言うことで、それを持って来てくれました。

 

楽しみ。

写真かな?

 

と思っていたら、その通りで、

れいこちゃんは、その写真を

全てシュレッダーにかける予定だそうです。

その前に、私に見せようと思って、持って来てくれました。

 

私は、じつは、殆どの写真を手元に持っていなくて、

それは、多分もう戻っては来ません。

だから、私にとっては、お宝だったのです。

 

なぜか、私だけが写った写真もありました。

ほぼ、40年位前の写真です。

 

れいこちゃんとは、学生時代から、

同じ会社に勤めてからも、

ずっと一緒に過ごしてきました。

それから、長く疎遠になっていましたが、

7年位前から、再び頻繁に会って話すようになりました。

やっぱり、若い頃からの友達は、

宝物です。

 

さて、写真です。

私たちは、3人仲が良く、

今ももう一人を加えて3人で年に1~2回は会っていますが、

今回のコロナで、遠方に住んでいるもう一人の友達とは、

長く会えていません。

 

でも、その3人で写っている、

懐かしい写真を持って来てくれました。

20代前半の私たちです。

 

確か、合歓の里に旅行に行った時の写真。

二人乗り自転車に乗っているのやら、

色々です。

 

忘れてしまっていましたが、

蘇りました。

そうそう、楽しかったねあの時は、

近鉄電車に乗って行ったっけね。

 

電車が2階建てだった気がする。

帰りの電車に乗っていたら、

松阪の駅で、ものすごい人だかりがあって、

何だろうと見ていたら、

私たちの座っている座席の通路を、

たくさんの人にガードされた、

郷ひろみ』が通り過ぎて行った。

 

一瞬の事だったけれど、あの時は興奮した。

ファンでもなんでもなかったけれど、

あの頃の郷ひろみは、大スターだったから。

なんて小さい顔なんだろうと思ったのを

憶えています。

 

そんなことはさておき、

写真なのですが、

れい子ちゃんが言うには。

『こんなものが出て来た。』と

それは、便せんに包まれた2枚の写真。

2枚とも同じものです。

私たち三人と、その後ろに同年代の男性が3人。

6人で写している写真です。

そして、写真と一緒に、紙に書いた

電話番号と思われる数字が。

 

『誰?』

三人の男性には全く見覚えがありません。

旅行中に、会ったかもしれないという記憶もありません。

れいこちゃんも全く憶えていないそうです。

 

きっと、旅先で仲良くなって一緒に写真を写したのでしょうね。

郷ひろみ見たことは憶えていても、

この3人は憶えていません。

『誰?』

れいこちゃんとふたりで、

何度かそう言い合いました。

 

40年も経つと、忘れてしまうものですね。

結果、もう一人の友達に、

今度会えたら見せてみよう。

と言うことになりました。

多分、憶えていないでしょうが。

 

若い頃は、何でも憶えていられると思っていました。

でも、そんなことはないのですね。

忘れてしまっていることが何と多いことか。

 

そして、同じ思い出を共有している筈の友達と、

昔のことを話すと、

お互いの憶えていることが全く違っていて、

面白いです。

ふたりとか、三人の記憶を繋げて、

解明されることもあります。

 

昔の話をするのは、

歳を取った証拠かもしれませんが、

歳を取ったのは事実なのでしょうがありません。

 

昔の話も、楽しければいくらしてもいいですよね。

でも、40年経っても、中身は変わらない私たちです。